ある夏の図書室事件

高校3年の夏は、この思い出だけがよみがえります。
●ある夏の図書室事件 2010/8/14

高校3年生の夏休みはやたらと長かった。受験勉強に身が入らず、アマチュア無線をやったり、エレキギターバンドの活動に力を入れたり、有名大学に入って誉められたいが勉強は嫌いという気持ちが入り乱れ、結局何の成果もなく長い休みが終わってしまった。その前からうすうす感じていたが、私の性格は土壇場になると焦燥感が高まりなにも出来なくなるというものだ。

この夏休みは、今になって振り返ると人生で最も多くの小説を読んだ時期だった。家にあった親父の蔵書の小説類は、私にとって面白そうなものだけ読んだが、学校の図書室の本は系統的に読んだ。日本文学全集は全部読み、世界文学全集に移った頃に夏休みが終わった。樋口一葉のたけくらべなど、まるで古文のようで実のところ行間に書かれた意味は全く理解できないまま字面を追って筋書きを探るようなものだった。しかしそれでも、休み明けの旺文社かなにかの模試で、いつも番外だった国語の成績が校内で5番になり掲示板にその順位を張り出され自分でも驚いた。お袋からは「カンニングはいかんで!」ときつくにらまれた。それ以来、国語の成績向上は多読に限ると思っている。

高校の図書室で蔵書を借りるときの規則は同時に最大2冊か3冊だったので補習授業などの際に持ち帰っていた。図書室での管理は本好きの何人かの図書部員(殆ど大人しい女生徒だったと思う)が行っていたが、あるときふと気づくと私の三畳部屋の隅に返却してない図書室の本が山積みになっていた。当時はコンピュータが無く、本の管理は図書カードというものでやっており、誰かが多くの本を借りているとか、誰かがある本を長く借りたままになっているという情報は丹念にカードをチェックしなければ分からなかったのだ!そういうことから、毎日3冊ずつ借りていた私の情報は、あるとき図書部員が棚卸をやってやっと分かったようだ!なにしろ日本文学全集の棚が空になったのだから!ほぼ同時に図書の責任者で、数学の担任だった井口先生から電話がかかってきて「本を直ぐ返せ」とのこと。酷暑の夏休みの真昼間、ダンボール箱に本を詰めて自転車で運んだが、高校の門の前の坂道をふうふう押して登ったことを覚えている。

井口先生からはこってり絞られると思ったが、ニコニコ笑って「毎回ちゃんと返せよ」だった。実は、この温和な先生から授業中思いっきり叱られたことが一度ある。休み時間に共産主義と自由主義について同じクラスの原井と大論争になり、互いが譲らず井口先生の数学の時間に入ってもうるさく論争していたからだ!もちろん私は自由主義論者だったが、これは別途記述しよう。
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