NewYorkでの大失敗

ちょっとした失敗が命取りの典型です。もっとも普通の人は私のような大ボケは無いと思いますが。
●NewYorkでの大失敗 2015/09/22

富士通のマルチメディア本部で働いていた頃だから45歳くらいだったと思う。担当部長というポジションでシステム開発をやっていた。寒い季節になっていたと思うが、岡田事業部長からニューヨークでハイテクの展示会があるので見てこいとの指示。それで私はヒルトンに宿を取り、同時に事業部長も課長を連れて来るという。事業部長はケネデイ空港の近くに宿を取っており、ある日マンハッタンまで課長と二人で来るので夜は宿で待っていろという指示だった。ところが待ち合わせた日を一日間違えて、その夜はジャズを聴きに行っていた!当時はまだ携帯電話も一般的でなく、海外での待ち合わせは時差ボケなどを踏まえて細心の注意が必要だったが、ニューヨークは数度目だったことから油断していた。
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上記のことがあってから、上司との待ち合わせには特に注意をしていたが、事業部長は「お前はそんな奴だったのか」と言い、路線から外されてしまった。仕事では様々な失敗をしてきたが、痛恨の思い出である。

その後、様々な部門を転々としたが、ある財団に出向したときに隣に座る都庁から出向してきた神子さんが公務員としての心得のようなことを話したことがある。神子さんが課長と一緒に出張するときに当時JRに導入されたばかりのSuicaを課長が持っていて、彼は切符を買うために課長を待たせたことがあり、直ちにSuicaを買ったそうだ。神子さんは東大工学部を出ていたが、学歴を誇示するようなことは全く無かった。もっとも、私の周辺には有名大学の卒業生が大勢いたがそれを誇示する人は一人もいなかった。

さて、上記のジャズバーでのことだが、ビッグバンドでピアノも入っていた。そのピアノはカシオの安っぽい電気ピアノだったが、演奏は完璧だった。勿論、ニューヨークのジャズバーで演奏するには少々上手なくらいでは全く仕事が無い。秋吉敏子でも当初はニューヨークで仕事を探したというエピソードを読んだことがある。実は宿から歩いていけるところにあったその店には二晩続けて行った。二晩目に最終の演奏が終わった際に、ピアニストが一杯飲んでおり話になった。それで彼に「昨日のアドリブとは違っていたね」というと大変驚いて直ぐ側にいたボーカルの男に「こいつは昨日と今日の違いが分かったって言うんだ!」と喋った。それで私のピアノのレベルを聞かれたり、アドリブができない演奏者もいるだの。いろいろと面白い話を聞いた。大失敗のニューヨーク出張の思い出だ。
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