鮎川信夫の「ディズニーランドの魅力」を読んで

私の場合、再びディズニーランドに行くことは無いと思います。孫にせがまれてという歳の頃には、足腰が立たなくなっているでしょう。

●鮎川信夫の「ディズニーランドの魅力」を読んで 2012/11/1

鮎川は浦安のディズニーランドが出来て直ぐに見物に行ったそうだ。そこで「せいぜいよく出来た遊園地だろう」としか思ってなかったのだが、予想を上まわるもので大変驚いたとのこと。ディズニーのコンセプトに基づいたアトラクション、乗り物など、さらにアドベンチャー、ウェスタンなどすべての国を興味深く見て回ったそうだ。こういう状況になると彼は子供の心になれるようで、素直な人であることが見て取れる。私の場合だと、こうは行かなく「大げさな子供だましだな」と言ってしまうところに夢が無い。

実は私も若い頃ロスアンジェルスの郊外にあるディズニーランドに行ったことがある。二十代後半二度目の米国訪問のチャンスがあり、話のタネとして行ってみた。実はもう殆ど覚えてなく、子供の頃の米国のニュース映画に、ディズニーランドという遊園地で本物に大変良く似たゴム製のワニがボートの目前で口を開けて威嚇するという場面があった。それを見たくて件のボートに乗ってみた。偽物と分かっていて、そしてそろそろ出てくるぞと分かっていて、それでも乗客全員が怖がったり、ゲラゲラと笑ったりすることに、私としては少々驚いた。これは米国人の本質かも知れないとそのときに感じた。つまり、怖がったり笑ったりと表情に出して皆が本気で楽しむということだ。私レベルだと「バカバカしくて話にならない、もう行かない」で終わってしまうのである。

後年、家族もできて家内が子供二人を浦安のディズニーランドに連れていきたいという。よく聞いてみるとご本人が最も行きたいようである。それで、休日の朝早く自動車で浦安まで送って行き、開門と同時に彼らは喜び勇んで入門し、夜遅くなって電車で帰って来た。大変満足したようで、また行きたいとのたもうていた。もちろん、私は行ったことが無いし、行きたいとも思わないが。日本人の成人男子で遊園地を喜ぶ人はどの程度いるのだろうか?鮎川は、私とは異なり、子供の心を持っていたと思う。彼のエッセーのあちこちに純真一徹な心情がちりばめられている。だからこそ、あの時代に早稲田での教練拒否という戦争反対を表明できたのであろう。

このエッセーでは段落を変え、ウォルト・ディズニーがいかに楽観主義者で、敵をも敵と思わない人の良い性格だったと伝えているが、一度でもディズニーの映画を見た人は、作者がいかに好人物であるかが理解できる。子供の心を持つという表現は、良くいえば「純粋」、悪くいうと「おバカさん」ということかも知れない。バカになりきって世の中を進んでいければ、そして特定の才能があれば、評価されることもあろうが、私レベルのバカはどうあがいても単なるバカで終わることになる。残念!
元に戻る