森川義信の死

荒地の詩人の中では、たった一人の戦死だそうです。親父も「森川が生きていれば」と何度も言っていました。最初の顔合わせは、中学生の時に、高松だったとのこと。同郷だったので、特に感じることがあったのでしょう。
●森川義信の死 2011/10/11

"黒田三郎著作集3"の記述によると「森川義信はビルマ占領のはじめのころ、発狂してミチナで死んだ。妹尾隆彦著「カチン族の首かご」に森川一等兵の最後が描かれている。」とある。一度この本を読んでみたいと思っていた。親父が読んでないはずがなく、我が家にあるはずなんだが、探さなくては。発狂してというフレーズが気になる。同書にある高木俊郎「インパール」も実家にあるはずと考えていたのだが、結局図書館で探すことにした。

川崎市の図書館には、上記二冊ともに蔵書があったので読んでみた。「カチン族の首かご」によると妹尾氏は香川県出身とのことで、森川と同じ県なのでどこかで森川に出会い、その死の記述があると思ったのだが、無かった。地図によると、ラングーンから北へ進む鉄道の終点がミチナという町で、その先のカチン高原を経由して日本軍がインドに攻め入ろうとしたそうだが、その悲惨な結果は史実のとおりだ。クワイ川マーチで知られる映画「戦場にかける橋」も見たが、恐怖と悲しみの物語であった。親父の友人の森川もこのような状況の中、現地の野戦病院で死んだとされている。

高木俊郎「インパール」では、筆者が従軍新聞記者として経験した事実を克明に追っている為か、迫力があった。しかしあまりにも生なましすぎて、とても読み進めない。悲惨すぎる。戦争とはこういうものなのだろうが、このような状況の中で心優しい詩人の森川が発狂するのは当然だ。目の前に見える人(もちろん敵だが)を撃ち殺さなければならないのが兵なのだ。まともな人間にはとてもできない事を訓練してやらせるのが軍隊だ。軍事訓練とは殺人鬼製造工程とも思う。なお、黒田は「カチン族の首かご」に森川一等兵の最後が描かれているとあるが「インパール」でないかと思う。しかしあまりにも内容が悲惨で私にはとても読みきれなかった。

若い頃ハワイで半年暮らしたことがあり、5ベッドルームの大きな家に下宿していた。その下宿人の一人にベトナム戦争帰りのMiguelというプエルトリコから来た男がいた。すごく優しい奴で、ホモだった。戦争が彼をそうしたのか、元々そういう資質だったのか、ベトナム戦争の映画などを見ると極限状態は人をも変えてしまうことが理解できる。繊細で心優しい森川が発狂死したというのも、当然だろう。病弱で貧相な体格だった親父が戦争に行けば、最初に弾に当たるか、やはり発狂しただろう。私はどうかと言えば、哀れな最後、恐らく脱走兵になり山中をさまよいながら飢え死にしかない。
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